新大工町 詩舞・曳壇尻 (しんだいくまち しぶ・ひきだんじり)
VOL..73 2010年11月号 |
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新大工町は、長崎の町の発展に伴い、本大工町に加えて新しく大工職人が集まって造られたことに由来しています。
奉納踊りは、袴姿の若い女性が吟詠に合わせて凛と舞う詩舞と、囃子を奏しながら山車を豪快に曳き廻す曳壇尻。川船とは違い、“式打”というお囃子の奉納をします。
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「お諏訪さまの御膝元として、皆誇りを持っていますよ。7年間でどれだけのことができるか、次回の奉納がより良くなるよう話し合い、勉強を重ねています。7年は あっという間に来ますよ」と語る山口さん。平成17年に“新大工町くんち研究会”を立ち上げ、町を挙げてくんちの継承に力を入れています。「くんちは町の総合力が如実に表れます。だからこそ、くんちを通して町民の絆を強めていきたいですね」。全盛期は12ヵ町も奉納していた曳壇尻。詩舞も含めて現在唯一の奉納町として、大切に将来へ繋げたいと力が入ります。町の結束力が強いからこそ、脈々と受け継がれてきたものがあるのですね。 |
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お話:山口 康平さん 写真協力:山口 康平さん・山下 純一さん 協力:長崎くんち塾

籠町 龍踊り (かごまち じゃおどり)
VOL..72 2010年10月号 |
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唐人屋敷に隣接する籠町は、竹籠の職人が、集まっていたことに由来しています。
奉納踊りは、300年以上の歴史を持つ勇壮な龍踊り。籠町が長崎の龍踊りの原点です。
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「どの町も同じだと思いますが、目標は、お諏訪さんで素晴らしい踊りを奉納すること。とにかく体に覚えこませることですね。稽古の時の皆は、とても生き生きしていますよ。」と語る白水さん。籠町の人が少なく、他町の人がほとんどのなか、気持ちを一つに奉納したいと声を強めます。他町の力があってこそ、くんちで奉納ができるのですね。
「昔からの龍踊りを伝えていってほしいと思います。皆のくんちへの思いは、とても強いんです。龍踊りに携わらせてもらえることを、誇りに思っているんですよ。」伝統を守っていくこと。代が変わっても、その熱い気持ちは子供たちへ受け継がれていくのですね。 |
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馬町 本踊 (うままち ほんおどり)
VOL..71 2010年9月号 |
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馬町は、諏訪神社の門前に位置し、長崎奉行所御用の馬を手配していたことに由来しています。
奉納踊りは、優美な本踊り。今回は、五穀豊穣を祈る三番叟を一番目で奉納します。
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「誰もが思うことかもしれませんが、しっかりとやっていかなければ、次には続いていかないという気持ちです。7年に一度の奉納という、くんちの長い歴史の中での今年の一舞台。続けていくことが大切なのです」と語る川内さん。馬町は、前回、平成15年のくんちで22年ぶりに復活。経験の少ない地域のひとが多いなか、皆さんの力を借りて立派に奉納したいと力が入ります。「今回のくんちは、続けていくための一番大切なところ。古くからの伝統を守り続けていくための新しいスタートだと思っています」馬町を、そして長崎を誇りに思う強い気持ちが、「長崎の町」を作っているのですね。 |
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築町 御座船 (つきまち ござふね)
VOL..70 2010年8月号 |
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築町は、当時の中島川下流域を埋築してできたことに由来しており、慶長5年(1600年)にできた長崎初期の町です。
奉納踊りは細川藩の警備船を模した、本漆、本金張りの勇壮な御座船。高さ4.5メートルと、重心の高い大型船を引き廻す様子は、とても豪快です。
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「根曳の元気な姿、頑張っている子供たちを見てもらいたいですね。くんちは、奉納第一ですから、神様に奉納する踊りにまでもっていくのが重要です。参加する皆が楽しめればと思っています」と語る中嶋さん。ほとんどが町内の人なので団結力が強いといいます。「町を繁栄させ、守っていくために次の代に伝えていく。そのためにも、まずは日々の自分の仕事が大切ですね」と言葉に力が入ります。くんちを通して、若い世代の人に長崎のお祭りを見てもらいたいという強い思いを感じました。くんちがあるから、町の会話がたくさんあるというのは、踊り町ならではなのかもしれませんね。 |
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八坂町 川船 (やさかまち かわふね)
VOL..69 2010年7月号 |
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八坂町は、明治4年(1871)、今石灰町と新石灰町が合併され、八坂神社の名前に因んだことに由来しています。
奉納踊りは躍動感溢れる川船。三つの車輪を持つ船体は砲台のあとを利用しており、方向が変えられる前輪には舵がついています。他の川船にはない、スピードのある船廻しは圧巻です。
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「町全体の仲が良いので、息があったところを見てほしいですね。船は一人では廻せませんから。」と語る脇山さん。日頃から他の活動も一緒にしているため、アットホームな町の雰囲気が伝わってきます。「私達がくんちに出られるのは皆のおかげなんです。踊り町だけではなく、長崎の街全体で盛り上げていきたい。見てくれて、盛り上げてくれる人たちがいるから私達がある、ということを忘れないでほしい」と笑顔で話します。一つの目標に向かって、練習を積んでいる皆さんは輝いていて、まるで大きな家族のように感じました。 |
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筑後町 龍踊り (ちくごまち じゃおどり)
VOL..68 2010年6月号 |
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筑後町は、筑後方面から移住してきた商人たちによってつくられたことに由来しています。
奉納踊りは、迫力満点の龍踊り。青龍2頭と白龍1頭が所狭しと一気に踊る巴踊りは圧巻で、最大の見どころです。
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「筑後町以外の参加者が多く、昔からの町内の参加人数が減ってきていますね」と語る平さん。町にマンションが増え人口が多くなっても、くんちに参加する町の若者が減り、とても厳しい状況であるといいます。「若者達には、くんちに参加するとかっこいいとか、軽い気持ち、見た目だけで決して考えてほしくない。長い歴史と伝統あるくんちに携わらせていただくんだという誇りを常に持って挑んでほしい」と声を強めます。くんちに携わることで“ただ参加する”のではなく、人間関係や社会を学び、次世代へ伝統を受け継いでいく。この気持ちが継承されているからこそ、“今”があるのですね。 |
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お話:平 浩介さん 写真:山下 純一さん 協力:長崎くんち塾

鍛冶屋町 宝船・七福神 (かじやまち たからぶね・しちふくじん)
VOL..67 2010年5月号
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鍛冶屋町は、鍛冶屋さんが集まって出来た職人町であることに由来しています。
奉納踊りは、見どころ満載の宝船と七福神。豪華絢爛な宝船を、息の合った根曳衆が勇壮に引き廻します。その宝船に優雅さを加えるのが、七福神によるおめでたい本踊り。
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「昔よりも、今の若者達の方が研究熱心で、気持ちが熱いように感じますね」と語る唐島さん。若者達が減ってきているなか、鍛冶屋町の根曳衆は全員町内在住者で構成しているため、チームワークがとても強いといいます。「若者達には、くんちという素晴らしい長崎の伝統を、次の世代に継承してもらい、誇りをいつまでも忘れずに持っていてほしい」と気持ちが入ります。先輩から、次の世代の若者達へ長崎を継承していくこと。それは私達にとって、とても大切な使命の一つなのかもしれませんね。 |
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お話:唐島 清徳さん 写真:山下 純一さん 協力:長崎くんち塾

元船町 唐船祭 (もとふなまち とうせんまつり)
VOL..66 2010年4月号
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元船町は、1904年に大波止海岸前の海を埋め立てて作られ長崎港開港当時、唐蘭船の寄港する大きな波止場で、元は船町だったことに由来しています。
奉納踊りは、鎖国時代の唐船貿易を再現した異国情緒豊かな「唐船祭」。航海安全の神として媽祖様が乗った唐人船と、子ども達の明清楽の舞で構成されています。
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「人と人との繋がりが、日々くんちへ向けての町内活動の延長線です」と語る中川さん。昔からの人がいなくなり、くんちへの参加者も少なくなってきたと言います。「若者達には先輩の背中をよく見てほしいと思います。そして、目標に向かってチャレンジしてほしい。くんちを存続させるのも“人”です。全てにおいて人間関係が大切だと感じています」と力が入ります。人と人との強い繋がりがあってこそ、その延長線上に今の長崎、そして私達があるのですね。 |
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お話:中川
進吾さん 写真:山下 純一さん 協力:長崎くんち塾

東濱町 竜宮船 (ひがしはままち りゅうぐうせん)
VOL..65 2010年3月号
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東濱町は、長崎の港に面した浜辺にあり、1672年に東西に分割されたことに由来しています。
奉納踊りは、優雅で女性的、美しい曲線の白龍が印象的な
「竜宮船」。デザインは、かっぱの絵で有名な長崎市出身の漫画家、清水崑氏によるものです。重厚な廻しは圧巻で、車輪と石畳が擦れる音は、龍がないているかのように諏訪神社に響きわたります。
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今回が4度目の参加となる本田さん。 「目立つポジションだけが決してスターではない。個人ではなくみんなで作り上げ、それぞれが支えあって尊敬しあう関係でありたいと思っています。みんな一生懸命だから輝いてみえる。若者達には自分がやることに関しては手を抜いてほしくないし、くんちに対する熱い思いを持ってほしい」と語ります。積極的な若い人たちが増え、東濱町がより活気づいてきたそうです。 |
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銅座町 南蛮船 (どうざまち なんばんせん)
VOL..64 2010年2月号
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銅座町は1724年(享保9年)、鋳銅所があったことから「銅座町」と呼ばれるようになったと言われています。
奉納踊は「南蛮船」でポルトガル船を再現した5トンにも及ぶ大きな船を豪快に引き廻します。船は平成15年奉納時に長崎大学の協力により本物に忠実な装飾で再現され、ランプや船尾に使用されている色付ガラスなど、細部にまでこだわった美しく勇壮なものになっています。お囃子や先曳きの子供達の衣装は一人ひとり違い、南蛮屏風からそのまま抜け出したようで、とても綺麗です。銅座町は以前、引きだんじりを奉納しており、南蛮船は平成22年で4回目の奉納となります。
今回、長采を務めることになった新ヶ江さん。銅座町が、くんちをきっかけに盛り上がり、
町内の一人ひとりが一丸となっ
て一生懸命に取り組みたいと話
します。
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平成15年に新ヶ江さんは、添根曳として参加。しかし初日の演技で肉離れをおこし、注射を打ちながら痛みをおしての演技となりました。今年は怪我をしないよう、余力を持って体力面、メンタル面を仕上げて挑みたいと力が入ります。「お囃子をしていた子供達が、今では根曳の主力に成長しました。時間が経つのは早いものですね。町内の人間関係は最も大事なこと。くんちに関わることで皆に地域をより好きになってもらい、町に愛着を持ってほしい」と語ります。
新ヶ江さんの話をきいて、外から見ているだけではわからない、くんちに対する思い、熱い心が伝わってきました。今年のくんちはいつもとはまた違う気持ちを感じられそうです。
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